🌿日本は「温泉大国」と呼ばれるほど全国に湧出地が多く、数千年にわたり人々の暮らしや宗教、医療、観光と深く関わってきた。今日、私たちが当然のように楽しんでいる温泉旅は、長い歴史の積み重ねの上に成り立っている。では、日本人はいつから温泉に浸かり、どのように温泉文化を育んできたのだろうか。本稿では、古代から現代まで、日本の温泉文化を一つの流れとして見つめていく。
1.古代日本と温泉の出会い ― 神話・信仰の世界
日本人が温泉を利用していた最も古い確かな記録は、飛鳥時代の文献に残っているが、それ以前から温泉湧出地には人が集まり、自然への畏敬とともに温泉を神々の恵みとして受けとめていたと考えられる。
『日本書紀』には、舒明天皇が有馬温泉を訪れたという記述がある。また、伊予国風土記には道後温泉で白鷺(しらさぎ)が足を癒したという伝説が登場する。これらは単なる物語ではなく、当時の人々が温泉を霊力ある場所、神聖な「湯治の地」と捉えていたことを象徴している。
この頃の温泉利用は、今のような娯楽目的ではなく、あくまでも「治療」や「神聖な場としての祈り」が中心であった。温泉そのものが自然からの恵みであるとともに、病を癒し、悪しきを祓うものと信じられていたのである。
2.奈良・平安時代 ― 天皇と貴族の“湯治文化”
奈良から平安時代にかけて、温泉は貴族文化の一部として利用されるようになる。天皇が有馬温泉や玉造温泉を訪れた記録があり、万葉集にも温泉を詠んだ歌がいくつか登場している。
この頃、温泉は「保養・治療のために滞在する場所」として認識が深まり、湯治(とうじ)という概念が確立していく。湯治とは、温泉地に長期間滞在し、日々湯に浸かることで体を整える療法のことである。現代で言う「長期温泉療養」の原型といえる。
また、寺院との関わりも深まった時期である。僧侶たちは温泉を修行や治療の一環として用い、温泉地には寺が作られ、宿坊のような受け入れ施設が整備されることもあった。温泉と宗教が結びついたこの流れは、後の「温泉寺」などの形で現在にも受け継がれている。
3.鎌倉~江戸時代 ― 庶民へ拡大する温泉、湯治場の繁栄
武士の台頭する鎌倉時代には、武将たちが戦で負った傷を温泉で癒したという記述が残る。とくに、源頼朝が伊豆山温泉や修善寺温泉を訪れた記録はよく知られている。
そして時代が江戸へと移ると、温泉文化は一気に庶民へ広がる。交通の発展や旅文化の成熟により、各地の温泉場は賑わいを見せた。江戸の人々が温泉へ向かうことを、一種の「非日常への旅」として楽しんだのである。
● 湯治場という“療養コミュニティ”
江戸時代の温泉場は、現代の温泉宿とは少し異なる。湯治客は長期間宿に滞在し、自炊をしながら湯治を行った。温泉街は小さなコミュニティのようなもので、同じ湯治客同士が情報交換をし、生活を共にしていた。
温泉場は“人と人が出会う場”でもあり、旅籠(はたご)や湯宿には職人や商人たちが集まり、温泉は経済的な交流の場としても栄えた。
4.明治時代 ― 西洋医学との出会いと「温泉分析法」の誕生
近代に入ると温泉文化は新たな転換期を迎える。西洋医学の流入により、「温泉の効能を科学的に説明する」という考え方が広まった。
明治政府は温泉を国の資源としてとらえ、温泉調査を実施。1897年には日本初の温泉分析法が制定され、泉質の分類が始まる。硫黄泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉など、現代でも使われている泉質名はこの頃に体系化された。
医師による“温泉療法”が誕生し、温泉地には近代的な宿泊施設や療養施設が整備され、温泉は保健医療の一部として位置づけられるようになった。
5.昭和~平成 ― 観光産業としての温泉の成長
戦後の復興期、高度経済成長とともに旅行ブームが訪れる。民家や旅籠が大型の温泉旅館へと姿を変え、団体旅行が盛んになり、全国の温泉地は観光地として大きく発展した。
テレビや雑誌の普及も相まって、「温泉=観光・娯楽」というイメージが定着したのはこの頃である。
さらにレジャー施設を併設した大型旅館、豪華な料理、露天風呂付き客室など、多様な温泉スタイルが誕生し、利用者の幅も広がった。
また、温泉街の賑わいを作るための「湯けむり情緒」「昭和の街並み」といった演出もこの時代に定着し、日本独自の温泉観光文化が成熟していく。
6.現代 ― 温泉文化の多様化と再評価
令和時代、日本の温泉は新たな進化を遂げている。
● 個人旅行時代の到来
団体旅行から個人旅行・少人数旅行へ需要が変化し、
- 露天風呂付き客室
- プライベートサウナ
- サウナ×温泉の“ととのう”文化
- ワーケーション滞在
といった新しいスタイルが登場した。
● 温泉の健康価値が再注目
高齢化や健康志向の高まりと共に、温泉の“癒し”や“療養”としての価値が再評価されている。
古くからの湯治文化が形を変え、「長期滞在プログラム」「温泉療養の専門宿」など、現代版湯治が広がりつつある。
● 地域再生の軸としての温泉
多くの地域は温泉を基盤とした街づくりを進めている。昔ながらの温泉街を再生し、街歩きや食文化と組み合わせた体験型観光を提供する温泉地が増え、地域振興の中心となっている。
7.温泉が日本人に愛され続ける理由
長い歴史を振り返ると、日本において温泉は単なる“お風呂”ではない。
温泉は時代ごとの生活文化と密接に結びつきながら、人々の心身を癒し、生活を支え続けてきた。
では、なぜこれほどまでに温泉は日本人に愛されるのか?
理由は大きく三つにまとめられる。
- 自然への畏敬の念
温泉は地球の活動によって湧き出る特別な存在であり、日本人は古来から自然を尊び、温泉を神聖視してきた。 - 共同体としての温泉文化
湯治場や温泉街は「人が集まり、語らい、つながる場所」であり、温泉は人と人を結ぶ役割を果たしてきた。 - “癒し”と“再生”の体験価値
忙しい日常から一歩離れ、温泉につかることで心身がリセットされる――この感覚はどの時代の人々にも共通して求められてきたものだ。
まとめ ― 温泉文化は未来へ続く
日本の温泉文化は、神話の時代から現代まで、長い歴史を刻みながら形を変えてきた。
治療の場であり、祈りの場であり、娯楽の場であり、地域の文化そのものであった温泉は、今後も時代と共に進化し続けるだろう。
そして私たちが温泉に浸かるとき、そこには数千年にわたる日本人の「湯との関わり」が静かに息づいている。
温泉に浸かるという行為は、単なるリラックスではなく、歴史と文化を体験する行為でもあるのだ。